○祈祷ってな〜に?
祈祷は「いのり」の事です。
「いのり」は、大宇宙全ての成仏(理想世界建設)の崇高な祈りから、身近かな事の祈りまで、多種多様であります。
これは、私たちが仏や神の大いなる力を希求する願いの現われであり、苦悩や災厄を除き幸福を獲得したいという精神の叫びでもあるわけなのです。
また「いのり」は、仏・菩薩・諸天善神から私たち一切衆生に向かっても「誓願」と云う形で為されております。
これは仏・菩薩・諸天善神の衆生救済を目指す祈りを示したものであり、現世安穏・後生善処(現在は安らかで、死後は仏の御許に在る)の祈願を注ぎ続けて居られるのです。
因に、祈願する者に対して、仏・菩薩・諸天善神が救済と守護の加被を授けることを「加持」と云いますが、本来は「仏に護念される」信心受持を指して「加持」と云います。
仏・菩薩・諸天善神の祈りと、祈願する者の祈りが清浄であり、双方共に一体となり符合するときを「感応道交」と呼び、此の状態になってはじめて祈りは成就されるものなのであります。
ですから、祈願する者は、信心強く専心清浄なる祈りを捧げる事がとっても大切な事でして、徒に疑惑を持ったり、自分の不当な欲望のみの充足を図るべきではないのです。
ただ、「徒に疑惑を持ったりしてはならない」からといって、当然盲信・迷信はいけませんよ。
最近は人々の「いのり」の気持ち悪用して甘い言葉で誘ったり、人の心の不安に付け込んで「○○を信じなければ貴方は不幸になる」などと脅したり、「××を持ってるだけで望みが叶うから、特別に貴方にだけお渡しします」等と騙して変なものに何百万円も出さしたりする輩が横行しておりますので、充分注意をして下さいね。
ところで何故祈祷が必要なのでしょうか?、
それは、人が罪障をつくるからです。
罪障は、ふつう「五障(ごしょう)」と呼ばれています。
一、煩悩障
無数の悪煩悩で浄心を覆い隠し邪悪な心を起こさせる
二、業 障
過去・現在に作ってきた深い罪により苦難から逃れることが出来ない
三、生 障
過去世には福業を積んだものの、まだ罪を作ってきた宿業が消えないために障りから抜け出せず、仏道に入ることが出来ない
四、法 障
福徳を積み仏縁を結びながら、なお前世に仏法を妨げた因縁の障
りが消えず、正法を聞くことが出来ない
五、所知障
善友・善知識(よき導き者)に会い正法を聞きながら、なを劣った教え・思想を信じ、最高の教えを信じ切れないで仏道に入る事が出来ない
この五障に加えて、人間生活は次のような「七難(ひちなん)」にも取り囲まれています。
一、日蝕・月蝕・彗星がしばしば起こる天変地変による難
二、暴風雨が年中起こり災害をもたらす天の変異による難
三、日照り・水枯れが常に起こる地の変異による難
四、五穀が実らず凶作となり飢饉に苦しむ地の変異による難
五、悪獣が横行し人類を食らう畜類変異の難
六、正法を誹謗し悪徳が充満し同士討ち=内乱が起こり人民が塗炭の苦
しみを舐める難
七、外国からの侵略を受け戦火の中で国が滅びる難
この「七難」は病難・水難・火難・獣難・毒難・飢難・王難にも配せられます。
これらの「五障」・「七難」により、人間と社会の罪業は深まり、人心と世の中の不安・恐怖は増大し苦しみとなって私たちにふりかかってきます。
そして具体的には病悩や横死という形で現れてきます。
「横死」を大別すると九種類になります。
一、病んで薬味が得られない
二、為政者に抑圧され殺傷される
三、大酒飲みと邪淫慾による死
四、焼死
五、溺死
六、悪獣に食い殺される死
七、墜落死
八、中毒死
九、餓死
この「五障」・「七難」・「横死」等の原因は、正しい教え(正法)を信ぜず、誹謗し、諸佛・菩薩や天神・地神に至るまでの諸天善神を蔑ろにして供養もせず、我欲のみに囚われている人心に悪鬼が侵入し、その人を悩乱させた結果によるものと言えます。
悪鬼とは、元来、煩悩多き身のことですが、ここで云う「人心に悪鬼が侵入」は仏・菩薩・諸天善神を供養しないため、敵対する悪鬼達(第六天の魔王の眷属達)に魅入られそそのかされて、罪業の振る舞いをすることを言います。
これらの悪鬼の主要なものを十鬼・百鬼と呼んでいます。十鬼とは
一、怪 鬼(かいき)
金銀・草木などの精にいる邪鬼。貧慾多く、不正の悪徳によって財産を蓄える者の振る舞いをいう。
二、魃 鬼(ぼっき)
日照り、悪風など天地自然の中にいる鬼。淫慾多き者の姿。
三、魅 鬼(みき)
狐狸など畜類の精に魅せられて惑乱する者。嘘・偽り・詐欺などで人を惑わしている者の行い
四、蟲毒鬼(ちゅうどくき)
蛇・虫類などの毒を振り撒く鬼。うらみ・ねたみを捨てない者
五、癘 鬼(れいき)
疫病の類を流行させる鬼。憎しみを抱き自分本位の怒りに凝り固まっている者
六、餓 鬼(がき)
飲食に欠乏し、常に飢餓に苦しませる鬼。自惚れが強く、人を軽蔑しさげすむ者
七、魘 鬼(えんき)
虚空に取り付いていて夜になると現れ、睡っている人を惑わす鬼。徳のあるふりをして偽善を行い人をたぼらかす者、謀りごとを巡らし人をおとしいれる者
八、魍魎鬼(もうりょうき)
山川に住み、木や石の形をしながら怪異をおこす鬼。邪見をもち、みだりに物事に執着しながら、自分は偉いなどと錯覚している者の姿
九、役使鬼(えきしき)
いろいろな場所に出没し、砂石を背負わせ苦役を行わせる鬼。悪徳を積み重ね、罪のない人を殺害する者
十、伝送鬼(でんそうき)
人の身に入り込み、吉凶禍福に悩乱する鬼。争いを好み人をおとしいれる振る舞い
これらは何れも、人間の邪悪や罪業の顕われと、煩悩をはじめとする過去―現在―未来に於ける因縁の障りを示すものであります。(貴方の周りにもこれらの十鬼に当てはまるような人が結構居るんじゃないですか?)
人間が邪悪を犯すのは、悪鬼が人間の内に宿り、また外から侵入して惑乱する為であり、さらに悪鬼に魅せられて悩乱するのは、悪鬼に惑わされやすい「煩悩」などの障りによるものであると言えましょう。
そこで煩悩を転じて菩提を得る為に、悪鬼を調伏・退散させて、心身を浄化し仏性を開発し、個人及び社会の罪障消滅と成仏をめざすために、仏種(仏になる種)を植える祈祷が必要になってくるのです。(植えられた種は自分でしっかり育てなければ又後戻りしますよ)
扠、いのりを成就する為にはどうすれば良いか?なんとなく解って頂けましたでしょうか。
簡単に云いますと、仏・菩薩・諸天善神が守護しなければいけないような生き方をすれば良いだけなのです。
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