今を去ること740年前、弘安5年(1282)10月13日、現在の東京都大田区池上本門寺に於いて 、頑ななまでに正直な一人の仏弟子がお隠れになられました。その名を「日蓮」と申します。そのご生涯は筆舌に尽くしがたいほど慈悲心に溢れたご一生でした。お釈迦様の願いをご自分の願いとして生きられ、一切衆生の真の幸福を目指された、日本人としては稀有な存在でありました。 仏教に於いて「真の幸福」を得るためには、一切衆生全てが漏れなく涅槃の境地に住する事が必要です。 有余涅槃・無余涅槃・本来清浄涅槃・無住処涅槃等のように細かく分類するのではなく、「お釈迦様が住せられた涅槃」こそが一切衆生の求めるべき「涅槃」なのであります。 涅槃とは煩悩の炎が消えた最良の状態を言います。 この最良の状態に到達する方法として、たくさんある煩悩の中でも一番根本的な煩悩.、言い換えればもっとも制御しぬくい煩悩のグループである三毒を抑えることが必要です。 三毒とは、貧・瞋・痴といいまして、むさぼりの心(貧欲).、憎しみ・いかりの心(瞋恚)、ものごとの道理に暗く正しい判断ができず迷う心(愚痴)の三つを言います。 「毒」を辞書で調べますと「生命または健康を害するもの、特に毒薬」などとありますが、煩悩も私たちの心の奥にあって、心の健康を損ない判断を誤らせ、挙句の果てには私たちのすべてを滅ぼしてしまう、とても恐ろしいものなのです。 さて、三毒が身に深く入った状態はといいますと 「自分の好みによってものごとに執着し、常に憤怒の気持ちで心が一杯になっており、ものごとの道理が正しく判断できずに思い煩っている者」と言うことになります。 この三毒を制御することによって安らかな状態に達することができます。 むさぼりの心を転じて → 全てを与える心へ 憎しみ怒りの心を転じて → 全てを許す心へ とらわれ迷う心を転じて → こだわりのない心へ ↓ 慈悲の心(お釈迦様の心=南無妙法蓮華経) 具体的には、 @日々に功徳を積む(自分の持てる能力全てを出し切る) Aその功徳を本佛に供える(周りに慈悲心をもって接する) Bその結果本佛より利益として廻って来る(真の幸福状態) @十A=Bの信仰生活こそが真の幸福・真の平和・真の浄仏国土顕現につながります。三毒転じて三徳となす最良の秘法が南無妙法蓮華経なのです。 言い換えれば、お釈迦様の心(縁起・宇宙法)=南無妙法蓮華経なのだと信じ、それを信じている自分も南無妙法蓮華経そのものだと固く信じて、他を活かし自らもしっかりと生きてゆく姿こそが涅槃の境地そのものなのです。 日蓮さまが「迷信・邪教に惑わされるな、正直素直に方便の教えを捨てて真実の教えに帰せよ。ただ南無妙法蓮華経と唱えて自他共に現世安穏・後生善処の浄仏国土に住せよ。」と度々おしゃられたのも、全て慈悲の心(お釈迦様の心=南無妙法蓮華経)から発せられた一切衆生を救おうと願う魂の叫びだったのです。 「我 日本の柱とならむ 我 日本の眼目とならむ 我 日本の大船とならむ」と誓われたのも、仏教の教祖・釈尊の願いを自分の願いとして、全ての生きとし生けるものの幸せ・真の幸福を目指されたからなのです。ほんとにすごい人ですよね。
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